「我」を「個性」へと昇華させるためにマネジメントができること、「THE FIRST」でのSKY-HIさんを見て

「我」の中にある生命力の強さ
どこにでもいますよね。
曲者(くせもの)と評されるような人。
一癖も二癖もあってアクが強い、一筋縄ではいかない、あつかい難い、コントロール不能。
けども突出した能力を持っていたり、個性的であったり魅力的、何よりあの人が動けば皆が動くとった影響力がある、
そういった人物です。
ポジティブに働けば大きな成果や組織の飛躍に寄与しますが、悪く働けば影響力がある分スタッフを扇動して組織を混乱させたり、何かと理由をつけて法的に訴えくるリスクもあります。
マネジメント側としては諸刃の剣であり、そういったスタッフをどう扱ってよいかのか、といった悩みはどの組織でもある尽きることのない永遠のテーマのように思います。
一方、そもそもそういった素質の人間は受け入れないという方針の組織もあると思います。
どちらかといえば統制をきちんとしている組織は、そのようなアクが強い人間は馴染めず、仮に入ったとしても居心地の悪さを感じて早々に本人がその組織を離れることが多いと思います。
反対に、統制によって管理するのではなく、本人の自由意思を尊重するような方針の組織は、そういったタイプの人間にとってはずっと探し求めていた自分の居場所のような感覚を覚え、本人にとって心地よい環境となります。
曲者(くせもの)と言うのは、一言でいえば我が強い、ということです。
我が強い、というのは自己中心性の高さを意味します。
自己中心性が高いとは、自分の欲求を満たすことが一番であり、他者を自分の欲求を満たすための道具として扱う性質があります。そして、自分の欲求が満たされないとあからさまに感情的になるのも特徴です。
この自己中心性は誰の中にもあります。
どんなに優しくても、必ず自己中心性が住んでいます。
現代の社会は、自己中心性を出すことは悪となりやすい風潮が強いため、影でこっそり悪さをするか、最終的にバレて叩かれる、捕まる、といったパターンが圧倒的に多く、本当は誰の中にもくすぶっている自己中心性が抑圧されやすい社会といえます。
実はこの自分の中にある自己中心性をどれだけ受容できるかが、人間の成長・発達にとって非常に重要な意味があります。
自分の欲求を満たすことは動物的本能であり、生きることそのものです。
それを否定することは、天に唾を吐くことと同じです。
そして、この動物的本能とは、人間の内側から湧き出る根源的なパワーであり、生きようとする力であり、生命エネルギーの源でもあります。
つまり人間の土台をなす部分です。
土台が脆ければ建物は崩れやすく、土台が安定するからこそより大きなものを積み上げることができます。
我の強い人は、生命エネルギーが非常に高く、それが影響力の源になっています。
創業者は、我の塊のような方が多いですが、なぜ人がそこに人がついていくのか言えば、生命エネルギーが非常に強いからです。
自分の欲に正直であり、なぜ山に登のか?と問えば、そこに山があるから、と答えるぐらい、本能的です。
その生命エネルギーの強さ、人間くささに魅力を感じます。
創業者は自分自身が我の塊なので、こうった我が強い人物にたいしては非常に寛容で、「面白い」「素質がある」「ダイヤの原石」とった見方をします。
本人の自己中心性の矛先が組織の望む方向性とマッチした場合には、組織を救う救世主にもなりますが、相反した場合は組織を壊す破壊者にもなりえます。
これをリスクと捉えるか、チャンスと捉えるかは、最終的には、組織の人材育成能力とマネジメント側の腹一つではないかと思います。
「THE FIRST」でのSKY-HIさんを見て
話が変わりますが、半年前ぐらいから朝の情報番組である「スッキリ」で放送されてた男性ボーカルオーディション番組「THE FIRST」にハマり、ずっと追って見ていました。
ご存知でない方も多いと思うので、少しだけ情報を。
「スッキリ」ではその前にJY Parkさんが「虹プロジェクト」として女性ダンスボーカルグループ「nijiu」をプロデュースするプロセスを番組として放送しており、今回は、SKY-HIさんが自ら会社をつくり、自己資金1億を投じて世界に通用するボーイズグループをつくる、という趣旨から「THE FIRST」という企画が立ち上がりました。書類選考から始まり、途中約2ヶ月の富士山合宿で寝食を共にしながらレッスンを行い、全部で7回の審査の末、デビューメンバーを決定するという審査というよりも育成プロジェクトと呼んだ方が確かかもしれません。
正直のところ、私は音楽に疎いので、アーティストとか楽曲は知らないことが多く、最初SKY-HYと聞いてもどこの誰だかわかりませんでしたし、AAAのメンバーの一人、と聞いてもピンをきませんでした。
ただ、たまたまテレビで見たときに、「これはすごいことをやっている!」と思い、以来ずっとデビューメンバーを決めるまでの審査のプロセスを追って見てきました。
なぜ、突然この話をするかというと、SKY-HIさんのプロデューサーとしての選考メンバーへの関わり方、姿勢がとても素晴らしく(審査というよりも人材育成)、まさに今回のテーマである「我」を「個性」へと昇華させる教育者としての姿に見えたからです。
このオーディションを始めるにあたり、SKY-HIさんは、SNSで以下のように言葉にしています。
とにかく自分は「才能を殺さないために。」を掲げ、全ての才能が「自分のまま」いられる空間づくりを心がけ、日本から世界に発信していくこと、その挑戦を約束します。
ここにSKY-HIさん理想とする世界が強く現れていると思います。
実際にSKY-HIさんは、番組の中で選考メンバーに対して、「自分をリスペクトして、同じように他者をリスペクトすること」「自分と相容れない意見が出たときにそれを尊重する、それも愛する。もちろん自分を愛する気持ちを忘れないまま」「自分の100%も他人の100%も削らないでクリエイションしていくこと」といった言葉を何度も表現を変えて口にします。
「自分を生かし、他者を生かす」。言葉で言うことは簡単ですが、実際には「自分を生かすために他者を殺す」か、「他者を生かすために自分を殺す」の方が圧倒的に多いのが世の中のチームパフォーマンスの現実であり、実際にこのレベルをクリアするにはかなりの人間的な発達が求められます。自らもグループメンバーとして揉まれ、その難しさを実感しているSKY-HYさんが、まだ10代も多い若いメンバーに対して、歌やダンスの技術だけでなく、人間的にもとてもレベルの高いことを要求していることに驚くとともに、本気で世界で通用するボーイズグループをつくろうとしていることがひしひしと伝わってきます。
そして、SKY-HIさんが、この理想を本気で体現されようとしていることを決定的に感じるシーンが最終審査のメンバー選考の際にありました。
7人中の6人目のデビューメンバーを発表する際に、SKY-HIさんはある個性の強い一人をメンバーに選びました。プラスに働けばグループにとって爆発力になりますし、マイナスで叩ければグループを壊す可能性がある、そんな我の強さが見え隠れする一人であり、実際に選考プロセスでも他のメンバーとぶつかったり、パフォーマンスの際にSKY-HIさんから「楽しませてやろうというのに、自分を見せてやろうという気持ちが勝ってしまう。これは近いことだけど違うことだと思う。自分のかっこいいところを見せてようという気持ちは当然持っていないといけないんだけど、心に届けてやろうちう気持ちが伴わないと危ないです」そう指摘を受けていました。
それでも、最終審査まで残っているということは、実力的にも評価されている証だと思います。
実際に、デビューメンバーに入れるのかな?どうするのかな?と関心をもって見ていましたが、他にも才能溢れる素晴らしい候補がたくさんいる中で、その一人をグループに加えたことにSKY-HIさんの覚悟を感じました。
SKY-HIさんは、その一人をメンバーとして選ぶ際に、本人にこのようなことを問いかけました。
「これから世間一般から心ない言葉を言われたりすることは人よりきっと多いと思います。どれくらいのことをどれくらいの長さ言われ続けるのかは、僕も正直分かりきらないところがあります。非常に悩みました。それはグループにとってどれぐらいの悪影響が出るのか、というのも考えました。その上で背負ってみたいと自分は思っています。この先の道が茨(いばら)になってしまうことも含めて、覚悟ができていることだけ最後に確認させてください」
すごいこと言うな、と思いました。
この人は本当に必要なことを言葉を濁さずストレートに、それでも最大限の愛をもって伝えることができる人なんだなと。
SKY-HIさんが掲げる「才能が才能のまま開花する環境をつくる」という理想が嘘でないことを証明する言葉でもあり、選択であったと思います。
ここからは私の想像です。
グループメンバーに選ばれたその一人は、確かに回を重ねるごとにそのアクの強さが丸くなり、良い意味での個性として進化していったことを事実であり、その結果としての選抜であったと思います。
ただ、そこにはオーディションのプロセスとして審査する側、される側のパワーバランスが強く働いていたからこそ我が抑えられやすかったことも想像できます。
おそらく、これから予想される未来としては、実際にグループのメンバーの一人としてデビューし、活躍を重ね、世間に広く認知されるようになり、今は師弟関係のようなSKY-HIさんとの関係がプロのアーティストとして対等に近づいてきたとき、これまで抑えていた我が再び顔を出すことは容易に予想できます。我がどんな形で表現されるかは分かりませんが、場合によってはSKY-HIさん自身に向かってくるこもあるでしょうし、場合によってはスキャンダルを起こし、これまで育ててきたグループを破壊する可能性だってあるかもしれません。
ただ、おそらくSKY-HIさんは、そういったことが起こる可能性も完全に予測した上で共に歩むことを決断し、メンバーに迎え入れたのだと思います。
選ばれたそのメンバーの我が才能として受けいれられたことは、SKY-HIさんが目指す理想を実現するための大きな一歩となったことと思います。
話を戻します。
私は決して「我も才能として受け入れるべき」と言いたいわけではありません。
それは、「才能を伸ばす」「個性を生かす」ということは一見すると綺麗に聞こえますが、マネジメントとしては難易度が非常に高いからです。強い統制と管理によってスタッフを動かす方が合理的でありマネジメントの難易度は容易です。効率性・効果性を考えると、その方法を選択することは決して間違いではないと思います。
つまりは、マネジメント側がどんな世界を創り出したいのか、という思想次第ではないかと思います。
我の強いスタッフを受け入れることは、その我が場合によっては自分に向かってくることを当然許容する必要があります。個性は発揮してほしいけど、その個性は私に向けないでね、というのは矛盾してます。その我が仮に爆発することがあっても、私は正面から全部受け止める、その準備がないのであれば、受け入れるべきではないと思います。
引き受けるのか、引き受けないのか、その腹決めが重要であり、中途半端に引き受けること、手がつけられず放置しておくことが一番良くないと思います。
SKY-HIさんは、「才能が才能のまま開花する環境をつくる」という理想を実現するため、この先そのメンバーの我が爆発する可能性も含めて、それを個性として昇華させるためにとことん一緒に付き合っていくことを決めた、ただそれだけなのだと思います。
「我」と「個性」は似て非なるもの
「我」を「我」のまま終わらせるのか、「個性」へと磨き上げるかは、もちろん本人の意思もありますが、それ以上に周囲の人間がどう関わるのか、マネジメント側の役割が非常に大きいと思います。
「守破離」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
剣道や柔道、華道や茶道、芸能など道と呼ばれる分野において、修行の過程を3段階で示したものです。
「守」は師匠のお教えを守って型を身につける段階
「破」は他を学ぶことで自分と照らし合わして、既存の型を破る段階
「離」独自の新しいものを生み出し、確立する段階
ビジネス的に言えば、「守」で型を真似ね、「破」で工夫改善して、「離」が独自性を発揮する、ということになります。
ちなみに「型破り」と「形無し」という言葉がありますが、これは「個性」と「我」と同じぐらい違う意味として使われています。
「型破り」とは「常識にこだわらない」という意味ですが、これは基本的な型を身につけた上で、それとは全く違う方法をとるときに言います
一方「形無し」とは、「本来の姿がなくなってしまうこと」を意味し、基礎がないのに、自分流にこだわることで、全く元の形、本来のあるべき姿というものがなくなってしまうことを言っています。
組織で言えば、「我」の強さが放置され、ただの我がままにとなって厄介者扱いされてしまう、状態と似ています。
「我」が強いままだと、物事の判断基準が自分の欲求に左右され、それが他者への支配的な行動に出てしうため、極端に言えば「自分が正しい、相手が間違っている」「私に口出するな、私の言うことを聞け」というスタンスが強くなり、経営に対して極めて批判的なスタッフを創り出してしまうことになります。
これはマネジメント側の問題です。
解剖学者である養老孟司さんは、著書「自分の壁」で次のように言っています。
『世間に押しつぶされそうになってもつぶれないものが個性です・・・「本当の自分」は、徹底的に争ったあとに残る。むしろ、そういう過程を経ないと見えてこないという面がある。最初から発見できるものでも、発揮できるものでもありません。日本の伝統芸能の世界は、そのことをよく示しています。入門した弟子は、まず徹底的に師匠の真似をさせられます。「とにかく同じようにやれ」その過程が10年、20年と続きます。そんなふうにしても師匠のクローンをつくることはできません。どこかがどうしても違ってくる。その違いこそが、師匠の個性であり、また弟子の個性でもあります。徹底的に真似をすることから個性を生まれるのです』
「我」と「個性」は似て非なるものです。
「我」が「個性」として昇華されていくために最も必要なのは基礎練、つまり「守破離」で言うところの「守」の型を身につけることではないかと思います。
実際に「THE FIRST」の選考過程でもメンバー全員でおよそ2ヶ月の合宿を行い、「音楽との距離が近くなる」ことを目指して、毎日歌とダンスの基礎のレッスンを何度も何度も繰り替えしていました。
では、組織やチームで働く上での基礎とは何か。
それは、本当に言葉にすると当たり前のことなのですが、挨拶であったり、返事や返答であったり、報連相であったり、整理整頓や掃除であったり、期限や時間、相手との約束を守る、ということであったり、言葉と行動を一致させる、ということであったり、こういった当たり前のように思える一つひとつの行動が相手との信頼関係をつくり、他者と協働していくことを可能にします。
例えば、リーダーになる人は一種の成功体験をもってリーダーに抜擢されているため、自分なりのやり方にこだわりを持っている方が多いです。そのため、自分のキャラクター、性格でそのまま、ある意味我の強い状態でリーダーとしてスタートを切ります。そうすると多くの場合壁にぶつかってしまい、場合によっては部下から総スカンをくらってしまうこともあります。
そのため、初めて上司の立場になる方には、よく最初に、「気の合う部下も苦手な部下も、中には嫌いな部下もいると思いますが、自分にとってどんな部下であってもまずは自分から挨拶する、ということからやってみてください」と伝えます。
とても簡単なように聞こえますが、実際にはできていない人の方がほとんどです。
なぜ「挨拶」なのか、
そもそも「挨拶」をするということは、対象物に意識を払う、関心を払う、ことを意味します。関心を払うことでそこに気づきが生まれます。なので、挨拶ができる人は、よく気づく、気づく力が高いと言われます。
例えば、部下一人ひとりに意識を払って挨拶をしたとします。なんとなくの挨拶ではなく、相手の目を見て、丁寧に挨拶してみる。それを毎日続けます。
そうすると、それは、部下一人ひとりに意識を払う、部下に関心を払うということになります。
そして、それによって「今日は調子よさそうだな」「今日は表情が暗いな」「最近少し疲れているな」といったように色んな変化に気づくようになります。
そうすると、「最近少し疲れているように見えるけど、大丈夫」といった声かけが生まれます。
そして、そういった上司の声かけに対して、「この上司は自分のことを気にかけてくれている、見てくれている、分かってくれている」と、部下は安心感を持ちます。
そうすると、「実は今、仕事の進め方のことで少し悩んでいて、少し話を聴いてもらえますか?」という相談が来るかもしれません。もしかしたら、上司から声をかけていなかったら来ないような小さな相談かもしれません。
しかし、小さな相談の段階で対処することで、大きな問題になることを防ぐことができます。こんな小さな一歩がマネジメントの始まりではないかと思います。
こういった基礎的な習慣が、我の強いままだと最初は身についていません。あからさまに上司が部下を依怙贔屓をすることも少なくありません。
そのため、この段階は自分の好き嫌いで行動するのではなく、上司としての役割から行動していくこと覚えていく必要があります。
特にリーダーは周囲の力を借りなければ役割を果たせないポジションでもあるため、他者との信頼関係を構築できないと、いくらプレイヤーとして優秀であったとしても、リーダーとしては早い段階で頭を打ってしまいます。
このようにマネジメント側は、「我」を「我がまま」のまま終わらせないためにも、本人の才能を最大限リスペクトしながらも、こういった一つひとつの「型」を教えていく責任があります。
もちろん「我」の強い人間に型をはめようとしたら返り討ちあることも度々です。
それは普通のこと。「我」の強さは裏を返せば生命エネルギーの強さです。
しかし、その生命エネルギーの強さは、リーダーシップの源でもあります。
「我」が「個性」へと昇華されるとは、単なる自分の欲求を満たすための判断基準が、心の内側にあるより高度な価値決定基準へと磨き上げられることを意味しています。
そして、それは周囲をあるべき方向に導くリーダーの資質とも言えます。
だからこそ、誰よりも本人の未来の可能性を信じて、時間をかけて、簡単に諦めることなく向き合っていく姿勢がマネジメント側には必要ではないかと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
▼こちらも参考に
http://pure-terax.co.jp/2021/01/21/上司は「難しい部下」とどう向き合うべきか/
おまけ
今回を機に、SKY-HIさんの楽曲を聴いてみたら、それはそれで素晴らしく感動しました。
業界は違えど同じ理想を目指す者として、リスペクトを込めて彼がプロデュースしたBE:FIRST含めた3曲紹介させていただきます。
SKY-HI × たなか – 何様 feat. ぼくのりりっくのぼうよみ / THE FIRST TAKE
SKY-HI – LUCE / THE FIRST TAKE
BE:FIRST / Shining One -Music Video-
著者プロフィール 渥美崇史
- 1980年静岡県浜松市生まれ。
- 2003年、大学卒業後、ヘルスケアに特化した経営コンサルティンググループに入社し、評価制度や報酬制度の設計などの人事コンサルティングに従事する。その後、戦略や仕組みだけでは経営が改善されない現実を目の当たりにし、それらを動かすマネジメント層の教育に軸足を移す。2009年、マネジメントスクールの新規事業を立ち上げ、事業責任者を務める。約30,000人以上のマネジャーの成長を支援する事業に育てる。
- その後、自社の運営にもマネジャーとして携わる中、トップの世代交代による経営危機に直面する。業績低迷、社員の大量離職が続く中、学習する組織、U理論といった組織論・変容理論に出会い、自身の人生観が180度変わるほどのインパクトを受ける。その知見を社内に持ち帰り、約2年間をかけて新しい組織文化への変革に取り組み、 当時の過去最高利益を達成する。その実体験と理論をベースにクライアントの組織変革を始める。
- 2016年、13年間勤めた会社を退職し、独立する。社名の由来である”命の輝きを照らす”をミッションに、人間主体の組織マネジメントへの変革と自己のオリジナリティを生かしたリーダーシップ開発に力を入れている。
- 好きな書籍は「自分の中に毒を持て」「星の王子さま」。自由・冒険・探求がキーワード。犬並みに嗅覚が鋭い。この世で一番嫌いなものはオバケ(極度の怖がりのため)。射手座AB型二人兄弟の次男。
関連記事
-
「助けてほしい」と言えますか? あなたは自分が困ってい...
-
経営と人の心 前職の創業者の教えに”経営の改善は人の改...
-
“伸び悩み”はなぜ起こるのか 秋晴れがとても気持ちいで...