好奇心があれば人は大丈夫だ

2020.04.19

日記

生きる

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走る娘の背中を追いかけて

娘が幼稚園に通い始めて2週間が経った。

入園から1週間は毎日登園して預けるたびに大泣きし、毎朝「今日幼稚園行かない!」と100回くらい連呼していたが、今では「幼稚園楽しみ!」「〇〇先生大好き!」と、率先して幼稚園に走って向かうようになった。

その間、わずか2週間。

おそらく、この世界で最も環境適応能力が高いのが子供だ。

毎晩、その日覚えた歌や踊りをやってみせてくれたり、新しい友達や先生の名前が出てくる。きっと毎日、たくさんのことを吸収しているのだと思う。

それはきっと、子供は好奇心の塊のような存在だからだ。もちろん慣れ親しんだ環境から飛び出し、新しい土地に足を踏み入ることへの緊張や不安、それによるストレスもあると思う。

大人はそれによって二の足を踏んでしまい、身動きがとれなくなることもあるが、子供はもっと純粋に好奇心によって突き動かされているように思う。

不思議なことに興味や感心を抱く気持ち、やったことがないことをやってみたいと思う気持ち、未知の世界に飛び込んでみたいと思う気持ち、好奇心は、人が生きようとする力そのものではないかと思う。

止められても止まらないもの

自分が子供の時に夢中になっていたことの1つに、ドラクエやFFなどのRPGゲームや三国志や信長の野望といった戦略ゲームがある。

当時は、ファミコン、スーパーファミコン全盛期の時代だ。

どれもが兄からの影響で始めたものばかりだが、おそらく兄以上にそのゲームをやりこんだ。

例えば、ドラクエでは毎回プレイヤーのLevelを極限の99まで上げた。三国志では全てのキャラクターの政治・武力・知力といった能力値が頭の中に入っていた。覚えようとして覚えたわけでわなく、気がついたら覚えていたのだ。そして、そのゲームの参考書を片っ端から読み込み、知らないことがゼロになるまでやり尽くした。

もちろん親は黙ってなく、何度も叱られた。最初は時間を決められたが、親がいないときや夜中にこっそりやった。それが見つかって今度はゲーム機を隠された。それでも諦めずに探し出し、また違うところに隠されと、いたちごっこの毎日だった(笑)。

決して、誰かに頼まれたからでもないし、自慢したかったわけでもない。

ただ純粋に知りたかったからだ。ゲーム攻略にそこまで必要なくても、成長させられる余地が少しでもあるのなら最後までやりきりたかった。キャラクター一人ひとりにどんな個性と能力があるのか、どうしたら国は豊かになるのか、どうしたら戦に勝てるのか、裏の裏まで全部知りたかった。知らないことを知る発見が何よりも喜びだった。そして、その探究心が自分の個性なのだと、大人になってから知った。

この知りたい、分かりたいという好奇心は、大人となり、生身の人間を理解したいという好奇心へとかたちを変え、今の仕事の原動力となっている。

止められても決して止まらないもの、呆れられても、馬鹿にされても、非難されてもやり続けたいものがあるとしたら、それはその人にとっての本物の好奇心なのだと思う。

先日も友人の家に子供と一緒に泊まりに行った際、その家に置いてあったあるおもちゃに夢中になり、飽きることなく何度も繰り返しやっていた。夜も遅くなり、もう寝ようと言っても止めない。電気を消して真っ暗になっても止めない。みんなが寝ても一人黙々とやり続けている。もうこの姿見ると、親として子供を寝かさなければという気持ちよりも、ここまで没頭して遊び続ける子供の姿に逆に感動してしまった。こんなことを言うと、おそらく親バカと言われるかもしれないが、暗闇の中で一人黙々と遊び続ける子供は、輝いていた。

きっと子供は子供なりの好奇心に突き動かされ、人生を切り開いていくのだと思う。そのように考えると、自分が子供のためにできることは、好奇心を邪魔しないこと、子供を信じること、この2つぐらいではないかと思った。

根拠なき衝動は打たれ強い

故ウォルト・ディズニーは、「わたしたち人間の最大の資源は、子供たちの心だ」と言った。

私はウォルトのこの言葉が大好きだ。

ウォルトがディズニーランドを創った背景には、子供たちが遊園地で楽しむ中、退屈そうにしている大人を見て、大人も楽しめるテーマパークをつくろうと思ったのだという。

私なりに解釈すれば、ウォルトが言う子供たちの心というのは人々の中にある子供心だ。それは、決して子供だけのものではなく、私たち大人の中にも生きている、全人類の共有資産だ。

夢の世界は、私たちの中にある。だから大人はディズニーランドに足を運び、子供のように楽しむ。それは、きっと忘れかけていた私たちの中にある子供心が呼び起こされるからだ。何才になっても私たちの心の中には子供心が失われることなく残っている。大人になっても、人を突き動かす一番の源泉は、きっと子供心であり、言い換えれば、それは好奇心なのだと思う。

好奇心とは、理屈ではなく衝動だ。衝動は根拠がないから強い。根拠あるものは脆いが、根拠なきものは打たれ強く、揺るがない。何を失っても、どれだけ逆境に陥っても、好奇心さえ失わなければ、きっと人は大丈夫なのだと思う。

世界的なコロナの蔓延によって、色々な自由が失われている。でも幸いに、そんな状況をどう捉え、どう思うかという心の自由までは奪われてはいない。こんなタイミングだからこそ、自分が本当に大切にしたいものが何かを見つめ直し、そこから今できる一歩を積み重ねていきたいと思う。

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