心の楽よりも、身体の楽を選ぶ
2026.06.06
皆さん、こんにちは。
ピュアテラックスの渥美です。
いよいよ夏の暑さを感じる季節になってきましたね。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
私は今年で46歳になりますが、
自分にって最も大事だと感じているのは「身体の健康」です。
そう強く思うようになったのは、
38〜39歳くらいの頃でした。
それまでは、
ほとんど風邪をひいたこともなく、
「自分は丈夫な方だ」
と思っていました。
しかしその頃から突然、
謎の高熱が出たり、
年に何度も体調を崩すようになったのです。
今振り返ると、
それまでは“若さ”でなんとか持っていただけで、
身体が限界を知らせ始めていたのだと思います。
ちょうどその後、
コロナにもなりました。
その頃から、
毎日6km走ることが日課になりました。
気づけば、
それが今でも続いています。
不思議なもので、
走り始めてから、
熱を出したり風邪をひいたりすることが、
本当に減りました。
そして何より、
「身体が健康になると、エネルギーが湧いてくる」
という感覚を持つようになりました。
以前は、
3泊4日の出張も当たり前でしたが、
今は原則1泊2日にしています。
昔は、
「自分がやらなければ」
という感覚が強く、
仕事もかなり抱え込んでいました。
しかし、
一緒に取り組んでくれる仲間が増え、
任せられることが増えていく中で、
少しずつ“身体が楽になる選択”をするようになりました。
すると、
自然と時間的余裕が生まれ、
新しいことに挑戦したり、
学びに時間を使ったり、
余暇を楽しめるようになりました。
30代までは、
「仕事が趣味」
と言えるほど無趣味の人間でした。
楽な道を選ぶよりも厳しい道を選ぶことが成長につながる
”人生は修行だ”ぐらいの精神でいたので
楽しむこと、楽をすることに、
どこか罪悪感をもつ自分もいました。
今振り返ればそれによって能力もついたので、
若い時期はそれでよかったと思いますが
身体が限界に来たことで、この考え方を採用し続けることは、
自分を苦しめるだけだということに気づきました。
その後、
40代に入ってからは、
キャンプ、ピアノ、書道、
最近では華道も始め、
趣味といえるものが増えてきました。
それにより、
人生を楽しむということが
なんとなくわかってきた気がします。
振り返ると、
6〜7年前とは、
人生の余白そのものが変わった感覚があります。
そんな変化のきっかけをくれたある経営者の教えがありました。
「心の楽よりも、身体の楽を選べ」
これは、
私の人生の中でも、
最も影響を受けた教訓の一つです。
どういう意味か。
人は、
「身体の楽」よりも、
「心の楽」を選んでしまう生き物です。
嫌われたくない。
期待に応えたい。
評価を下げたくない。
必要とされたい。
人は、
心のどこかにある“欠乏感”を埋めるように、
身体の楽よりも心が楽になる選択をしてしまう。
しかし、
その選択は、
少しずつ身体に負荷をかけていきます。
そして、
いつか限界が来る。
多くの管理職・リーダーが抱える
「任せられない」
という悩みも、
実はここに繋がっています。
表面的には、
「自分がやった方が早い」
「自分がやった方が質が高い」
「任せるとミスが起きる」
という理由があります。
もちろん、
それも事実だと思います。
しかしその奥には、
「嫌われたくない」
「自分の影響力を失いたくない」
「結果をコントロールしていたい」
「自分のやり方で進めたい」
「自分が直接動くことで、存在価値や手応えを感じたい」
という、
人間として自然な欲求も隠れています。
気づけば、
「自分がいないと回らない状態」
を、
自分自身で作ってしまっている。
本来、
マネジャーの仕事は、
“自分が頑張ること”ではなく、
“他者を通じて成果を出すこと”
のはずです。
しかし、
心の楽を選び続けると、
抱え込み、
多忙になり、
身体が疲弊していく。
これは、
プロフェッショナルが多い
医療・福祉の現場でも、
本当によく起こる現象です。
もちろん、
人は誰しも、
認められたいし、
必要とされたいし、
誰かと繋がっていたい。
それ自体が悪いわけではありません。
ただ、
そのエゴに無自覚なまま、
心の楽ばかりを選び続けると、
身体が限界を迎えてしまう。
だからこそ、
最近ますます思うのです。
「身体の楽を選ぶ」とは、
“楽をする”ことではない。
むしろ結果として、
本当の意味で、
心を満たしていくものなのだと思うのです。
なぜか。
身体の楽を選ぼうとすると、
・自分のコントロールから外れる恐怖
・存在価値がなくなるのではという恐怖
・嫌われるかもしれないという恐怖
・他者との繋がりが失われるのではという恐怖
と向き合うことになるからです。
そして、
その闇から目を逸らさずに、
身体の楽を選択していくことで、
その闇が、
少しずつ自分を支える力へと変わっていく。
私は、
そんな感覚があります。
身体の楽を選ぶとは、
自分自身を雑に扱わないということ。
自分を大切にできない人に、
本当の意味で他者を大切にすることはできない、
と私は思います。
これは、
自己犠牲の話ではありません。
自分を大切にするとは、
自分のエゴに気づき、
そのエゴを否定せず、
「そんな自分もいるよな」
と受け容れていくこと。
そして、エゴから沸き起こる様々な恐怖を抱きながらも
勇気をもって、
心の楽ではなく身体の楽を選ぶ一歩を踏み出していく。
そうすることで、
恐れていたことは実際には何も起こらないことに気づく
意外とどうってことなかったことに気づく
仮に起こったとしても、それ以上の喜びが生まれる
こういった体験の積み重ねの中で、
自分自身が広がっていく
自己信頼が高まっていく
自由度が高まっていく
”心の楽よりも、身体の楽を選ぶ”
とういうことは
自分自身をあるがまま受け入れていく作業であり
自分自身を豊かにしていくプロセスなのだと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
著者プロフィール 渥美崇史

- 1980年静岡県浜松市生まれ、浜松市在住。
- 2003年大学卒業後、ヘルスケアに特化した経営コンサルティンググループ、株式会社日本経営に入社し、医療・福祉の人事コンサルティングを行う。
- 2010年から同社でのマネジメントスクールを新規に立ち上げる。
次世代の組織運営とリーダーのあるべき姿を模索する中で、「学習する組織」「U理論」「NVC」など、人と組織の覚醒と進化を促すソーシャル・テクノロジーに出会い、自社の部署運営や同スクールでの実践を繰り返しながら延べ約30,000人以上のリーダーを支援する事業に成長させる。 - シニアマネジャーを経て、13年間務めた同社を退社。
- 2018年、株式会社ピュアテラックスを設立する。
- 趣味は、マラソン、ピアノ、キャンプ、書道、華道。座右の銘は「人事を尽くして天命を待つ」
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